紙芝居「伏拝みの松」

                          脚本:櫛田地区公民館の歴史研究グループ「しゃべろに」
                          絵  :大北昌弘

今から清水町に伝わる「伏拝みの松」のお話をします。

1

 むかーし、むかしのことでした。

 お伊勢参りをする道が、清水町を通っていた頃のお話です。


2

 あるお殿様が、一人の家来を呼んでこう言いました。

 「わが領地の平和と繁栄を祈願しに伊勢参りをしたい。しかし色々とせねばならぬことがあるので、私が行くことはできぬ。そこで、頼みごとがある。私の代わりにお伊勢参りをしてきてくれないか。」

 家来のお侍さんは「は、ははっ。」と言って頭を下げました。

 「それでは、お殿様の代わりにお伊勢参りに行ってまいります。」

次の日、お侍さんは、お殿様から預かったお金の入った白い包みを大事にふところに入れると、お供の者を連れて城を出発しました。


3

  

昔は、車や電車といった乗り物はありませんから、どこへ行くのも歩きでした。

 江戸(今の東京)から伊勢まで片道歩いて十五日もかかったそうです。大阪から伊勢までは五日、名古屋からでも三日かかったそうです。

 城を出発して何日かたったころ、お供の者が言いました。

 「ご主人様、もうすぐ櫛田川です。」

 「おぉ、そうか。そんなに歩いてきたか。この辺りは、のどかなよいところじゃのう…。」

 そういって調子よく歩いていたのですが、長旅の疲れでしょうか…しばらく歩いたところで


4

 「うっ、う…、腹が痛い。」と言ってお侍さんがしゃがみ込んでしまいました。

「ご主人様!しっかりしてください。」

お供の者は、お侍さんを抱えて、近くのこんもりとした森で休むことにしました。

「う、う、う、うっ…」

お供の者は、お侍さんの背中や足をさすって看病していましたが、一向によくなりません。

「困ったなぁ。どうしたらよいのだろう。」


5

 そこに一人のおじいさんが、通りがかりました。

 「そこのお二人、どうされたんやな?」

 「はい、私達はお伊勢参りの者です。急にご主人様が お腹をこわされて…どうしたものかと困っているのです。」 と、お供の者が答えました。

「そうかなぁ…。 それはお気の毒なことですなぁ。もう夕暮れですしな。ここで休むわけにもいきませんやろ。私の家は、すぐそこやで ちょっと休んでっておくんない。さぁ、さぁ、遠慮せんでよろしいでな。」


6

 二人は、おじいさんの家で しばらく休ませてもらうことにしました。

 「このせんじ薬を飲んでみるかな。よう効きますに。」と言って薬をくれました。

 また 「おもゆを作りましたで、どうぞ。」と言って、食事も出してくれました。

 清水の村人もやってきて 「お伊勢参りの旅の人が病気やと聞いたんやけど どうやな?」

 「水より白湯のほうがええでな、これを飲ませたって。」

 「お侍さんに、うちの畑で採れたこのウリ食べてもうてんかぁ。」

 「今、釣ってきた魚や。焼いて食べて。」

こうやって、おじいさんと村人は二人を手厚く もてなしました。



7

数日後、お侍さんは こう言いました。

 「見知らぬ者に宿を貸し、色々と世話をやき、親切にしてくれた。なんとお礼を言ってよいものか…このご恩は一生忘れませぬ。」

 お侍さんとお供の者は、正座をしておじいさんや清水の村人に向かって頭を下げました。

 そして、こう続けました。

 「これから、また伊勢に向かって出発します。」


8

 これを聞いたおじいさんと村人は驚き「ええっ! 何やってなぁ!まだその体では、伊勢にお参りするのは、無理ですやろ。」

 「お気持ちはよくわかりますがなぁ…ここから神宮の方向を向いて拝んでもありがたさは同じやからお侍さま、無理せんほうがよろしいに。」
みんなは、そう言ってお侍さんを引き留めました。


9

しかし、お侍さんの気持ちは変わりませんでした。

 「ご主人様、少し休んではどうですか。」

 「いやいや…お殿様と約束した大事なお伊勢参りである。約束を果たして一日も早く城に戻らねば…。」 と言って、休もうとはしませんでした。

しかし、お侍さんの足が、徐々に前に出なくなっていきました。

そしてとうとう…崩れるように倒れてしまいました。

「ご、ご、ご主人様っ!」


10

お侍さんは、苦しそうに はぁはぁと息をしながら

「私は…もう残念だが…これ以上無理だ…。すまないが、体を起してくれないか。そして…この包みを あの松の木の枝に結んでくれないか。」

お侍さんは、お殿様から預かった白い包みを ふところからゆっくり取り出し、お供の者に手渡しました。

お供の者は、松の木の枝にその包みをしっかりと結びつけると…


11

お侍さんは着物のえりとすそを整え正座しました。

そして、ゆっくりと神宮の方を向いてお辞儀を二回し

パン パン と柏手を二回打ち

頭を下げて お祈りをしました。

そして次に お殿様がいる 城の方を向き「お殿様、お約束を守れず申し訳ございません。どうかお許しください。」

 そう言うと、お侍さんは ばったりと倒れてしまいました。

 「あっ、ご主人様、ご主人様っー!。」 


12

お侍さんが倒れ 亡くなってしまったということは、清水の村人たちにすぐに伝わってきました。

 「それは、本当か?お気の毒なことや。」 

 「やっぱり 引き留めるべきやった。」

お侍さんのことをあれこれ思って、村人みんなが涙を流しました。

そして、村人が相談してお侍さんのためにみんなでお葬式をあげることにしました。 

それをみて、お供の者は ありがたく思いうおーん、うおーんと泣きました。

 お葬式が終わったあと、お供の者は、松の木の枝にかけてあった包みを持って、お侍さんの代わりにお伊勢参りをしました。

そして、お殿様のところに無事に帰り、松阪の清水であった話をしたところ、
「なんと そうであったか。看病に葬式
までのう。ありがたいことじゃ。」

お殿様は 松阪の清水の方を向いて静かに手を合わせました。


13

さて…このお話ですが、お侍さんが亡くなる前に 松の木の近くで神宮の方を向いて頭を下げましたね。頭を下げることを「伏す」と言います。それで、「伏し拝みの松」と言われるようになりました。

 また、松の木の枝に、お金の入った包みを結びましたね。昔は、お金のことを「銭(ぜに)」と言いました。それで、「銭掛け松」とも言います。

 残念ながら、今はもうこの松の木はありません。しかし、「伏拝」「銭掛松」という地名は清水町に残っています。

優しい清水の人たちは、お気の毒なお侍さんのことを、いつまでもいつまでも忘れないように「伏越賀見乃木公」という石の柱を建て、今も大事にしています。 





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